特殊な才能でなくても!

  • 2018.04.26 Thursday
  • 23:26

JUGEMテーマ:人生論

2018/5/1付 万代栄嗣牧師「ぐっどにゅーす」より

 

  • プロ野球の広島カープで1970年代後半〜80年代に活躍した衣笠祥雄氏が大腸がんのため、71歳で亡くなられました。それまで弱小市民球団であった広島を、山本浩二氏などと“赤ヘル軍団”と呼ばれるまで強くし、広島カープ黄金時代を築きあげた立役者でした。1987年には、プロ野球界2人目となる国民栄誉賞も受賞されており、504本塁打の記録を持つ強打者。しかし、何と言っても、“鉄人”というニックネームが語る通り、2215試合連続出場の日本記録がご本人の代名詞。私にとっては、高校や大学の時代のプロ野球の話題にはしばしば登場していた人物でした。

 

  • 王や長嶋のように、飛びぬけた才能や人気があった訳ではありませんが、少々の怪我では試合を休もうとは考えなかったのが、この選手の才能でした。ご本人は、アフリカ系アメリカ人と日本人女性とのハーフですので、時代背景を考えるとそれなりの辛さや試練もあったはずなのですが、粘り強くコツコツと努力を重ねられ、日本のプロ野球を代表する選手へと成長されました。

 

  • ともすれば私たちは、周囲の人々と自分を比較して、あの人には才能がある、あの人は誰よりも綺麗だ、あの人の家はお金があるから…と、自分以外の人々にはいろいろと才能や長所、有利な点があると考え、それに比べると自分には大した才能も長所のないのでダメだ、と簡単に割り切りがちです。しかし、そもそも才能というのは、誰もがすぐに拍手喝采してくれるものだけがそうなのではなく、一見、価値のなさそうなものであっても、生かし方次第でとんでもない才能にも成り得るのです。衣笠氏の連続試合出場などは、正にそうであって、簡単に言えば、身体が頑丈だった、ということ。しかし、それをただ身体が強い、というだけで終わらせずに、真面目にコツコツと努力する姿勢で、この地味な要素を表彰ものの才能に高めることができたのです。

 

  • テレビや、専門性の高い特殊な分野で活躍できる人は、もうすでに世に出ているはずです。と言うことは、私たちのほとんどは凡人。大した特徴もない、平凡な一人一人なのです。しかし、だからと言って、才能の有る無しを嘆く必要はありません。むしろ、凡人は凡人として、自分のできることをしっかりとやり抜いて、ある種の才能とまで認められるほど、価値を高めたいと思います。

 

  • いつも楽しい雰囲気を生み出せるあなたの個性は、それを徹底すれば才能です。何でもコツコツと継続することのできるあなたの地味な姿勢は、衣笠氏のように才能と認められるものになるかもしれません。どんな状況でも、神様の御言葉に立ち続ける姿勢も、貫く時に才能になるでしょうし、何が起ころうと神様にある希望を捨てない心の姿勢も、価値ある才能として用いられる可能性があります。そもそも、私たちのそれぞれの個性は、信仰によって愛と希望による味付けを与えられれば、恵みを人々にもたらすことのできる賜物とされるのです。さあ、あなたに与えられている才能を、賜物を、隠したり、引っ込み思案で使わずに終わるのではなく、もっと用いましょう。そう、休まない、やめない、ということだけでも、本当に長く続ければ才能なのですから。

 

“…ただ、この一事に励んでいます。…”
(ピリピ 3:13)

特別な何かがなくても!

  • 2018.04.23 Monday
  • 01:06

JUGEMテーマ:人生論

 

2018/4/20付 万代栄嗣牧師「福音通信」より

 

 主キリストの聖名を讃美いたします。

 

 今年は桜の季節が足早に過ぎ去り、すでに山々の緑が目に眩しい季節を迎えています。この新緑の季節に、あなたの心にも、生活においても、神様からの新鮮な恵みが注がれますように。周囲の状況や環境がどれほど新しくなっても、あなた自身の心構えが古いままではダメです。素直で、柔軟な心で、神様からの新鮮な祝福を手にして下さい。

 

 

 

メトロ・フィリピン視察ツアー、祝福されました!

 

 今月の初めに、全部で20名近くの皆さんとメトロ・ワールド・チャイルドのフィリピン支部の働きを視察、体験するツアーに赴くことができ、本当に感謝でした。里親支援にご協力いただいている皆様には、実際に子どもたちに出会っていただくことができましたし、子ども伝道への関心のある方々には、現地でのメトロのエネルギーに溢れた活動を実体験していただくことができました。真夏の暑さの中でも、全員、体調も守られ感謝でした。

 

 メトロの活動を視察し、実体験することの中心となるのは、スラム街での家庭訪問と道端日曜学校への参加。日本では想像することさえできないような不衛生で貧しさの極致とも言えるスラム街を、何の躊躇もなく歩き回り子どもたちを訪問するスタッフたちの姿は、私たちの固定観念を揺さぶります。また、一日に3ヶ所も4ヶ所も場所を移動しながら、それぞれの地で200人、300人もの子どもたちに熱い集会を届け、主キリストの愛を伝える道端日曜学校の体験は、私たちの委縮していた信仰を大きく覚醒させるものでした。

 

 

 

たとえ若くても!

 

 普通の福音宣教が困難であるように思わされるスラム街で、貧しい子どもたちを徹底的に愛し、抱きしめている現地のスタッフたちの行動に感動するのですが、それ以上に深く考えさせられることがあります。それは、現地のスタッフの多くが、20歳前後の青年たちであること。特に、伝道熱心な牧師たちがいる訳ではありませんし、特殊な学校で学んで何らかの資格やスキルを持っているということではないのです。若いクリスチャンたちが、主キリストの愛で、シンプルに子どもたちに向かって大胆に行動しているのです。

 

 特別な資格や免許があるからではなく、特殊な人生経験や知識の豊富さがあるからでもありません。スタッフたちの多くが大学にも行っていない、高校を卒業して社会人になりたてのような、平凡な若者たちなのです。そんな彼らが、スラム街の伝道の現場に立つと、主キリストの勇士たちに大変身するのです。これは、凄いことだと思わされました。

 

 

 

消極的なマインドセットからの解放!

 

 私たち日本人は、世界一の長寿国であることのメリットよりも、デメリットの方を多く抱え込んでしまているのかもしれません。有能で経験を積んだベテランたちがどの分野にも多くいるため、かなりの年齢になり、相当な経験を積むまで社会で一人前の仕事ができない、と誰もが思い込んでしまっているのです。しかし、今はやりの大河ドラマ“西郷どん”が描く明治維新においてもそうなのですが、歴史を動かすような一大事を成し遂げた者たちの多くが、20〜30代の若い人々なのです。

 

 成人の年齢が、20歳だ、いや18歳でも…という議論をよく考えてみれば、実は私たちは、たとえ若くてもかなりのことができるはずだ、ということ。お金の有る無しや、学歴の有る無し、資格や経験の有る無しばかりを言い訳にして、結局はなすべきチャレンジを先延ばししていることの方が大問題なのです。自分には特別な何かが無いから何もできない、できるはずがない、と考える消極的な思考回路、思い込み、マインドセットこそが大問題なのです。

 

 

 

主キリストの驚くべき御言葉!

 

 聖書に記されている主キリストの御言葉の中には、実に驚くべきものが含まれています。たとえば、次の御言葉です。

 

まことに、まことに、あなたがたに告げます。

わたしを信じるものは、わたしの行うわざを行い、

またそれよりもさらに大きなわざを行います。

わたしが父のもとに行くからです。

( ヨハネの福音書 14章12節 )

 

 主キリストが天に昇られ、聖霊を私たちに豊かに注いでくださっていることにより、私たち信仰者は、主キリストのなされたみわざを同じように行うことができ、いや、それ以上の事柄さえなすことができるというのです。

 

 この言葉が、誰かのいい加減な言葉ではなく、主キリストご自身が約束され、聖書に記されているものであることに注目してください。メトロ・フィリピンの若いスタッフたちの働きぶりを見た時、私は、まさにこの御言葉は本当だと感じました。名もない、特別な資格も持たない者たちにより、フィリピンでは200ヶ所もの道端日曜学校が運営され、毎週2万人も子どもたちに主キリストの福音が宣べ伝えられているのだ、と。

1.“若いからダメ”ではなく! (第一サムエル 3:10)

若いからこそ、行動力や爆発力もあるのです。言い訳をして待ち過ぎて、神様があなたに与えておられるチャンスを棒に振ることがないように気を付けてください。

 

2.“お金がないからダメ”ではなく! (ルカ 21:2)

お金の有る無し、金額の多少は、神様にとって意味のないことです。あなたがどれほど真剣に献げ、神様に仕え、礼拝し、信仰の行動を起こすかが重要です。

 

3.“経験が足りないからダメ”ではなく! (第一サムエル 17:31〜33)

誰かと見比べて、自分にはあの経験が足りない、能力が不足している、と考え始めるとキリがありません。実際に行動して、実践を通して見に付く知識、能力があるのです。

 

4.“人望や評判が足りないからダメ”ではなく! (士師記 6:15)

コネや人からの評判ばかりを気にしていると事は動きません。中には必ず反対し、批判する人がいますから。神様からの励ましで、大胆に一歩必ず踏み出してみることです。

 

5.“自信や能力が無いからダメ”ではなく! (ヨシュア 1:9)

あなたの地震や能力の有るか無いかで、神様はあなたを選ばれませんでした。神様があなたに賜物を与え、力を注ぎ、共にいて必ず勝利を与えてくださるのです。

 

 

 

今、あなたにある信仰を働かせてスタート!

 

 お金がない、経験が足りない、仲間が少ない、能力に自信がない…と、無いもの、不足している事柄を数え上げていくと、人生はいつまで経っても大事なことに足を一歩踏み出すことができず、決して何も起こりません。結局、頭の中で何かを夢見ているだけで、現実には何も起こらない、虚しい人生で終わってしまいます。神様があなたに与えてくださった人生は、絶対にそのようなものであってはなりません。

 

 あなたが若かろうと、経験に不足していようと、まずは神様があなたに与えてくださったビジョンに素直であってください。神様があなたを導こうとされている方向へと、動き始めてみることです。あなたは信仰者なのですから、ぜひ信仰を働かせて、まずは一歩から神様の導かれる、促される方向へと歩みを進めて欲しいと思います。信仰によって一歩踏み出し、ビジョンを実現させようと行動するとき、あなたは神様からの助けと力を必ず体験することができるはずです。

 

 

 

さあ、ご一緒に祈りましょう!

 

 さあ、次の祈りをあなたも言葉に出して、一緒に祈ってみてください。あなたの心が理屈や躊躇から解放されて、今から行動することができるようになるはずです。

天の神様。どうか私の考えが、世の中の常識や固定観念でがんじがらめになるのではなく、また、自分の消極的な思い込みに左右されるのではなく、あなたの導きと御言葉に立つことができるようにしてください。信仰によって行動できるよう、私を導いてください。

 

主イエス様。あなたが私を選び愛し、救ってくださったのは、私があなたの弟子となり、みわざの前進のために用いられるためであったと信じます。今、私の心をあなたの愛で満たし、あなたの救いと祝福を人々に伝えるために用いてください。遣わしてください。

 

聖霊なる神様。自分にはできない、と思い込んでいる私の固定観念を打ち砕いてください。私の能力ではなく、あなたの力と可能性で私を満たし、今、ここにいる偽らざる私にできることを挑戦させてください。あなたの力で私を行動させ、事をなさせてください。

 

主キリストの御名前により、豊かな祝福を信じてお祈りいたします。アーメン。

 自分一人で、モヤモヤと悩み閉じこもったままで問題をかえって大きくさせしまうのではなく、まずは祈りましょう。まず一言、あなたが祈るその瞬間から、神様のみわざが必ず動き始めます。さあ、主キリストを信じ、力強く前進してまいりましょう。

 あなたの上に、主キリストの圧倒的な祝福をお祈りいたします。

 

 

逆説的に赦し、与える生き方!

  • 2018.03.31 Saturday
  • 02:00

JUGEMテーマ:人生論

2018/4/1付 万代栄嗣牧師「ぐっどにゅーす」より

 

  • いわゆる“森友”問題に絡んで、前国税庁長官であった佐川氏の証人喚問が注目を集めました。財務省内での、決裁文書の改ざん問題に関して、首相や財務大臣など、政治家の関与の有無に注目が集まった喚問でしたが、同証人は「首相官邸などからの指示はなかった。あくまでも理財局の中での対応における事態」と証言し、テレビや新聞などのマスコミは、改ざんの核心は依然不明のままだ、と口をそろえ、野党からは、かえって疑惑が拡大した、と予想通りの反応が…。報道されている内容を見ると、同証人が誰かからこの場でも嘘の証言を強要されている、とか、ここでも首相はじめ政治家たちへの忖度(そんたく)を強いられている、というイメージが伝わってきます。

 

  • ただ、証人喚問の当日、たまたまテレビの中継でその喚問をしばらくの間、実際に見ることができたのですが、私自身はちょっと違った印象を抱きました。強いられて、無理やり嘘の証言をさせられていると言うより、かえっていかにも“お役人”らしい証言であり、重大な真実を隠蔽しようとしているようには見えなかったのです。野党やマスコミは、当然、“森友”問題全体を首相絡みの重大な政治スキャンダルに仕立て上げたいのでしょうが、実際には、いわゆるお役人的なよくある手続きの延長線上に起こり得る、周囲の“前例”や職業的な“慣習”、小さな“忖度”の積み重ねの上に、たまたま今回のような事例が生じたのかも…と思ってしまいました。もちろん、国の省庁のレベルでの決裁文書の改ざんは大問題ですが、その端緒は官僚の間での、ちょっとした事後処理の手続きの違いから書き換えを図ったものが、政局に絡んで大スキャンダルのように取り扱われているのではないか?と、逆に感じてしまいました。

 

  • これほど真偽、清濁、様々な情報が入り混じったとんでもない情報化社会になると、ことの白黒をつけるのも容易ではありません。本当の真偽は、神様以外にはわからないのではないか、とも感じるほどです。今回の証人喚問の放送を見ていると、証人からの、官邸の関与を示す、どんな些細な言質でも構わないから引き出そうと躍起になった野党議員たちの質問の方が気持ち悪く、どうすれば言葉尻を捉えられるかとか、言い間違えであっても構わないから、といった雰囲気が溢れていて、途中から証人が気の毒になってしまいました。

 

  • 正義をかこつマスコミや野党的な立場にずっと立ち続けられるのであれば、気持ち良いのでしょうが、一旦立場が逆転するようなことになれば、たまったものではないと思います。自分にも欠点や至らぬ点が山ほどあることを思えば、“…なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか(マタイ7:3)”と言われた、主キリストの言葉を思い出してしまうのです。私たちの人生においても、自分には誰がどう言おうと“真実”であるのに、ある人にはそれが全く伝わらず、批判の対象とされたり、嘘だと揶揄されたりする経験の一つや二つはあるはずです。だとすると、安易に人を疑い、嘘つきだと断罪し、批判し、責め続けるだけでは、本当の豊かな人生にとっては得策とはならないのは明白です。

 

  • 犯罪は中途半端に許容してはならない、と思います。しかし、自分があたかも神様にでもなったかのように、誰かを疑い、責め、断罪することには注意が必要です。今、心配なことは、世の中全体が、他人を疑ったり、嫌ったり、責め立てたり、裁いたりする傾向がどんどん強くなっていることです。そんな時代だからこそ、私たちは逆に、赦し、愛し、与え、主キリストが教えてくださった愛に基づく行為の震源地であるべきなのです。主キリストは、そんな逆説的な生き方の中に、実は豊かさをもたらす秘訣があることを語っておられます。神の御言葉の内容に、あなたも注目してください。

 

 

“さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。

人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。

赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。

与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。

人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、

あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。

あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。”
(ルカ 6:37&38)

 

決して背伸びすることなく!

  • 2018.03.26 Monday
  • 23:22

JUGEMテーマ:人生論

2018/3/20付 万代栄嗣牧師「福音通信」より

 

 主キリストの聖名を讃美いたします。

 2018年も、本格的な春の到来の候となりました。今年は大雪の冬でしたので、桜の季節は遅いのでは?との見方を裏切るように、各地から開花情報が届けられています。

 自然界だけでなく、あなたの歩みにおいても、躍動感に溢れた新たないのちの季節が訪れますように。可能性に溢れる春からの新たな歩みを、信仰を持って受け止めましょう。あなたの春の日々の祝福を心からお祈りいたします。

 

 

 

インド伝道のためのお祈り、感謝でした!

 

 2月の終わりから今月初めにかけて行われました、本年のインド伝道のためにお祈りくださり、ご支援くださった皆様に心よりお礼申し上げます。このインド伝道は、業者の用意する海外旅行のような安全で内容の確定している旅行とは対極に位置する、不安定な要素や多くの危険さえ覚悟しておかなければならない、霊的な真剣勝負のような試みです。お祈りによる支援なしには、決して実現できないものです。

 

 今回のメインであったアンドラ・プラデシュ州のジャケイヤペットでの野外集会は、延べ6,500名もの人々が集う大盛況の大会となり、数多くの決心者と、たくさんの癒し、解放の御業が現される、主キリストの恵み豊かな場となりました。現在、インドの諸教会は、現政権による迫害下にありますが、そのような厳しい環境の中でも、主キリストご自身が力強いみわざを現わして下さったことを感謝しています。この尊い働きのために、日本より祈り、献げてくださった皆様に、心より感謝申し上げます。

 

 

 

夜の新幹線に乗る子どもたち!

 

 先日、鹿児島での集会の後、午後10時を過ぎて、福岡・博多まで移動できる最終の新幹線に飛び乗りました。すると、そこには7〜8人の小学生たちが。以前にも、同じタイミングで子どもたちに出会ったことがあるのですが、きっと鹿児島の進学塾にでも通っているのでしょう。鹿児島は全国でも屈指の教育熱心な地域、またラサールをはじめとして、有名進学校もありますので、学校が終わってから、新幹線を使ってまでして鹿児島にやって来る、中学受験に備えている優秀な子どもたちなのでしょう。

 

 その子どもたちが落ち着いていません。何だか挙動不審で、誰も座席には座りません。不可解に思い観察していると、彼らが新幹線とホームを使ってかくれんぼをしているのだ、と気付きました。座席の隙間やトイレ、時にはホームに出て…と。もしかすると、私がもう解くことのできない難解な問題をスラスラ解答できる大人びた秀才の卵たちなのかもしれないのですが、中身はまだ“子ども”なのでした。そんな夜遅くまで英才教育を受けているよりも、無邪気に子どもとして遊ばせてあげた方が、心身の成長のためにはよほど良いのではないか?と思ってしまいました。随分と進んだ勉強をしているように見える彼らが、かなり無理をして“背伸び”しているのではないか?と思ったのです。

 

 

 

背伸びではなく、ありのままの自分からの出発!

 

 見かけや体裁、付加価値を求めがちな今の社会において、私たちもそれぞれに少しでも自分を良く見せようと、背伸びしがちになっているのかもしれません。偽る…という感覚ではなく、少しでもしっかりと頑張って生きていこう!成長しよう!と思って努力しているだけなのに、どこかで無理を生じさせ、肝心な正しい軌道から自分自身を外すことがないように注意したいと思います。背伸びだけの人生は、やはり辛くなりますので。

 

 パウロは、信仰による目標を目指して、一心に走り抜いて行こうとする信仰者の人生を熱く語りつつ、個々人の成長の段階を指して、

それはそれとして、私たちはすでに

達しているところを基準として、進むべきです。

(ピリピ人への手紙 3章16節)

と指摘しています。成長段階、ということは、信仰の世界にも当てはまります。信仰を持っているからといって、誰もが一様な状況にあるのではなく、それぞれの歩みの段階があるのであり、一足飛びに先に進もうとするのは無理が生じますし、すでに達成した段階を何度も繰り返すのは本当の価値を生み出さない堂々巡りのようなものとなってしまいます。私たちは、自分自身の目の前に置かれている、真のチャレンジ、成長のための次のステップをしっかりと踏む者でありたいと思います。

 

 

 

目の前に置かれている次の段階!

 

 昔から“岡目八目”と言われるように、他人の事情に関しては誰もがよく事態を把握でき、あれこれ口を挟むことができるものなのです。問題は、自分自身。自分の真の成長段階はどこにあり、今、何に手を付け、しっかりと生きていくべきなのか、きちんと見つめ直す必要があります。

1.生まれる前からの選び!(イザヤ 49:1)

あなたは、実は、生まれる前から、神様の御心によって選び出されていたことを知ってください。あなたのいのちを超える偉大なお方が、あなたの人生には関わっておられます。

 

2.救い主による働きかけ!(黙示録 3:20)

あなたを神の救いへと導こうと、あなたに働きかけておられる救い主を受け入れていますか?主キリストは、今、この瞬間もあなたの心の扉を、愛をもって叩き続けておられあす。

 

3.信じることで開かれる道があります!(使徒 16:31)

私たちの理屈や世の中の常識を超えて、信じることによってのみ開かれる特別な人生があります。あなたが素直にシンプルに信じることにより、新たな人生が動き始めます。

 

4.あなたのためのビジョン、目標!(創世記 12:1)

“十把ひとからげ”の扱いではなく、神様はあなたの人生に大きなビジョンや価値ある目標を備えておられます。神のご計画の中にある人生を、しっかりと歩み始めてください。

 

5.ビジョンに向けての継続!(ヨシュア 13:1)

目標を中途半端に投げ出さないことです。あなたが動かし始めたことは、実はまだ途中であり未完成。さらに継続して行動し続けることが残されている可能性があります。

 

6.神のご計画は頓挫していません!(第一列王記 19:15)

挫折し、逃げ出したくなることは、実はよくあることなのです。しかし、あなたが弱くても神のご計画に変更が生じた訳ではありません。もう一度、立ち上げることです。

 

7.最後までやり抜くこと!(第二テモテ 3:7)

本当にやり抜いた、と神様の前で告白できる水準にまで、あなたらしい主に喜ばれる生き方を徹底することです。神様から“よくやった!”と言われる所がゴールなのです。

 

 

 

背伸びではなく、今の自分からスタート!

 

 他人との比較や、世の中の常識的なものに引っ張られて本当の自分を偽るのではなく、一人の信仰者として、神様の前で素直にスタートを切りたいと思います。あなたの現状、正直な立ち位置を神様はご存知です。強がったり、必要以上にカッコを付けたりするのではなく、純粋に霊的な成長を目指し、また、与えられている目標に向かって確実に前進するために、今、置かれているところから出発しましょう。

 

 3月末から4月の初めにかけては、日本では年度の変わり目。学校も会社も、社会全体が新しいスタートを経験します。私たち一人一人も、これからの桜の季節を、ただ浮かれて意味もなく過ごすのではなく、自分の状況を神様の目から見て確認し、価値ある次の一手を打つ者となりましょう。あなたが信仰を込めて祈り、次の一段へと歩みを進めるなら、神様は必ずあなたを支え、価値ある成長、大きな前進を遂げさせてくださいます。

 

 

 

さあ、ご一緒に祈りましょう!

 

 さあ、以下の祈りを、あなたも一緒に祈ってみてください。あなたの心が、神様からの促しに対して、素直に開かれるはずです。

 

天の神様。どうか私が他人との比較ではなく、あなたの目に映る自分を素直に見ることができるようにしてください。これまでの歩み、成長の流れを受け止め、どれほど大きな愛と恵みを受けてきたかを、私自身が認め、感謝することができるようにしてください。

 

主イエス様。あなたが私を愛し、ご自分のいのちまで捨てて救ってくださったことを感謝いたします。あなたを主であり救い主であると受け入れ、あなたと共に歩んでまいります。どうかいつも私と共にいてくださり、語りかけ、知恵を与え、勇気づけてください。

 

聖霊なる神様。あなたによる力と可能性を、私に実体験させてください。人としての能力や知識の枠や限界を超えて、大きな恵みの可能性が開かれていることを私に教えてください。理屈や常識を超える、神の恵みの豊かさで私を生かし、日毎に前進させてください。

 

主キリストの御名前により、この一年の祝福を信じてお祈りいたします。アーメン。

 

 祈りの必要を感じた時、自分の弱さ、足りなさを感じた時は、自分一人でモヤモヤと悩み閉じこもっていないで祈りましょう。たとえ一言であっても、あなたが祈るその瞬間から、神様のみわざが動き始めます。さあ、主キリストを信じ、力強く前進してまいりましょう。

 さあ、“Brush Up!”を合言葉に、それぞれに信仰を働かせて、大いに祝福されてまいりましょう。主は必ず祝福してくださいます。

 あなたの上に、主キリストの圧倒的な祝福をお祈りいたします。

 

下手でもともと!

  • 2018.03.01 Thursday
  • 23:13

JUGEMテーマ:人生論

2018/3/1付 万代栄嗣牧師「ぐっどにゅーす」より

 

  • この度のインド伝道のために、数多くの皆様がお祈りくださり、霊的にもご支援くださったことを心から感謝いたします。この原稿は、今回のインド伝道日程の最終日を前にした現地での深夜に書いておりますが、皆様からのご支援に対する心からの感謝の思いが募ります。中には徹夜したり、断食したり、連日の連鎖祈祷を実現しようと誰も起きていないであろう真夜中に、遠くインドでの働きのために祈ってくださった方々もおられます。皆様の信仰と祈りを、心より感謝申し上げます。

 

  • 私たちのインド伝道が、毎年ごく当たり前に行われているように見えるから、と言っても、実は簡単なことではありませんでした。1994年5月に父・万代恒雄が召され、いきなり遺された働きの一つに海外伝道…特にインドでの伝道の働きがありました。当然、当時、34歳であった私にすべての準備ができているはずもなく、しかし、ただ一人の人物が召されただけで主キリストからの使命としてなされていたはずの働きが簡単に終息することは許されない、という思いで、実は何の保証もないまま海外伝道も継続することを決意しました。正に、手探りで、貧しい町々、村々を巡るところから始めた、泥臭いインド伝道であった訳です。

 

  • それがいつの間にか、延べ200万人の人々に福音を語り、5,000人以上の人々をキリスト信仰に導き、100近い教会を生み出した…、癒された人々の数は数え切れない…と現地の牧師先生方に言われるまでの働きとなってきました。また、現在は、ヒンズー至上主義を掲げる政権下、キリスト教会に対する迫害が起こっており、特に外国人の説教者は、まずほとんど活動することができません。今回も、地元の先生方から、万代先生はタミール·ナドゥ州やアンドラ·プラデシュ州で活動している最後の外国人説教者ではないですか?と言われました。そんな困難な状況にもかかわらず、1,500人、2,500人、3,000人とジャゲイヤペットでの3日間の大会には多くの人々が詰めかけてくださいました。本当に感謝なことです。

 

  • 万代先生は英語でメッセージができるから…と皆さんに言っていただけるのですが、正直、私の英語はそれほど大したものではありません。東京などで仕事をしていると、私などより流暢な方はごまんとおられて、メッセージにしても通訳にしても、恥ずかしさを禁じ得ない時があります。それでも、下手でもともと…と割り切って、毎回、絞り出すように、一伝道者として主キリストの救いと癒しを海外の方々に語り続けています。

 

  • 下手でもともと、大した準備もないままでしたし、お金が潤沢にあった訳でもありません。言えるのは、ただ一つ。主からの使命、ビジョンとして受けとめさせていただいた、ということです。そうすると、キリスト教の世界では後進国のように見られている日本からの働きでありながら、実に堂々たる実を結ぶものへと導かれているのです。私たちの力や頑張りよりも大きな、神様からの計画と導き、聖霊の力が、確かにそこに働いているのです。私たちの人生の中に、大いなる恵みを伴った神様からの力が働いているのを知ることは、実に幸いなことです。その主キリストの導きと計画をしっかりと受けとめ、信仰によって事を推し進めると、自分の能力を超えた大きな力が働き、素晴らしい恵みの成果が与えられるのです。

 

  • あなたの弱さや足りなさは、神様の御心には最初から織り込み済み。だから、恐れないで、信じて挑戦することです。下手でもともと、弱くて当然。しかし、私たちと共におられるお方が偉大だからこそ、必ず価値あることを成させていただけるのです。

 

 

“しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、
わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。
ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、

むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。”
(第2コリント 12:9)

 

夢、目標、そして志のある生き方!

  • 2018.02.28 Wednesday
  • 01:55

JUGEMテーマ:人生論

2018/2/20付 万代栄嗣牧師「福音通信」より

 

 主キリストの聖名を讃美いたします。

 2018年が動き始めて、気が付けば、もう2月も後半です。

 1月は行く、2月は逃げる、3月は去る…などと言われることがありますが、あなたの春へと向かう日々が、ただ何となく流されるだけで終わることがありませんように。

 あなたの心身の健康、そして、あなたの日々の生活に、主キリストの豊かな祝福がありますように、とお祈りします。

 

 

 

本年のインド伝道にチャレンジします!

 

 この原稿を書いているのは、インド伝道へと飛び立つ直前の準備の最中のこと。これから、今年計画されている海外での伝道計画の中では最大のものとなる、インド伝道にチャレンジします。到着するや否や各種の集会が始まる訳ですが、中心となるのは、2月23日(金)〜25日(日)までの、アンドラプラデシュ州のジャゲイヤプッタという街での3夜に亘る大集会です。

 

 現地の牧師先生たちや教会の皆さんが野外の会場を準備し、ポスターやチラシ、口コミなどで人々を集めて、期待感を持って待ってくれています。どうか、この3日間に亘り、神様からの聖霊の働きが豊かに現され、数え切れないほど多くの人々の魂が主キリストの愛によって救われ、聖霊の働きの中で癒され、呪いや祟りの霊から解放されますように、とお祈りください。もちろん、私も霊肉共に全力を振り絞って御言葉を語り、人々のために祈ります。ヒンズー至上主義を掲げる政府やヒンズー教の急進派などの妨害からも守られますよう、どうか日本からも祈りによって応援していただきたいと思います。

 

 

 

個人的な夢や目標を超える“志”!

 

 インド伝道は、どれくらい継続しているのですか?と問われて、改めて、もう35年以上継続されていることを確認し、自分でもビックリしました。私が大学生の時、いきなり何の計画もなしに来日したインド人の伝道者との出会いがきっかけで、父・万代恒雄が大規模にインドでの伝道を展開するようになってから続く働きです。父の召天後、一旦は集会の規模などは縮小したのですが、今から20年前、1998年からは毎回数千名から数万名が集まる大集会を中心として、現地の教会や孤児院、極貧の小さな村の教会の建設や伝道まで、幅広く、かつインドの人々の魂や信仰生活に深く関わる実のある伝道を継続することができていて、本当に感謝しています。

 

 最近の世の中の傾向では、個人生活の充実や楽しくて愉快な時間こそが大切と考えることが多いのですが、私たちが抱えている夢や目標は、単に個人的な関心や感情に基づくものではなく、神様から与えられる“志”と表現して良いほどの価値あるもの。個人の権利や自由ばかりが強調され、夢や目標がどうも委縮し始めている世の中で、個人の好みや必要から来るものではなく、神様に由来する信仰的な“志”が与えられていることは、実に素晴らしいことだと思います。

 

 

 

神様からの“志”を受け止めよう!

 

 聖書は、次のように語っています。

神は、みこころのままに、

あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、

事を行わせてくださるのです。

(ピリピ人への手紙 2章13節)

 

 聖書の教える信仰は、日本人が一般的に思い込んでいる個人的な悟りや修行といった信念や信心ではなく、天地宇宙を創られ、私たちを愛し救ってくださる神様との交わり、生きた関係の中に生きることを指します。この、神様との霊的な関係性の中で、私たちの罪が取り去られ清められるだけでなく、神様の御心や力も、私たちに伝わり、与えられることになります。

 

 そうすると、弱く不完全で、わがままであったはずの私たちが、神様の御心による働きかけを受けて、“志”を抱くことができ、それを実現する“行動と力”までもいただくことができる、というのです。私たちの取り組む海外伝道や今回のインド伝道のような働きは、決してノルマだから、というようなつまらない理由によって行われているのではありません。“…全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。(マルコ16:15)”という主キリストの御言葉に素直に従い、数の少ない日本のクリスチャンたちの働きでありながら、今回も何千、何万というインドの人々の心や魂、生活に、神様の愛による恵みを届けることができることは、実に大きな幸いです。

 

 

 

夢、目標、そして価値ある志を!

 

 あなたの毎日が、ただ目先の楽で楽しいことに終始するだけでは残念です。自分自身の人生全体を見通しての夢や目標を意識してください。そして、さらに、神様から与えられている志の種が成長しないままで放置されないように気を付けてください。

 

1.あなたの人生にも神様からのご計画が備えられています!(創世記 12:1〜3)

アブラハムに語られたように、あなたの人生にもあなたの思い込みや納得の枠を越える、神様からの計画や目標が用意されています。祈りの中で、求めてみてください。

 

2.神様からの志は、楽ではなく、タフなものかもしれません!(出エジプト記 3:10〜12)

あなたへの計画は、モーセにとっての出エジプトの使命のように、一筋縄ではいかない、しかいs、本当に価値ある、挑戦しがいのある、タフなものであることもあります。

 

3.志は、あなたの弱さからの脱却を促します!(士師記 6:12〜16)

神様からの志を抱く時には、信仰を働かせて、自分の中の弱き、逃げ腰と戦わなければならないかもしれません。神様からの志は、私たちに霊的成長を促すものでもあるのです。

 

4.志は、あなたの罪からの悔い改めに導きます!(第二サムエル 12:7〜15)

志はあなたの生き方を精査し、時には自分の弱さを自覚させ、悔い改めや古い自分からの脱皮を促します。志を抱いた生き方は、常にあなたを霊的に成長させるものなのです。

 

5.志は、あなたを常に励まします!(第一列王記 19:15〜18)

志を抱いて生きていくと、必ず困難と遭遇することになります。やめたい、逃げ出したいと思うあなたに対して、神様は決して簡単にあきらめてはならない、と語られます。

 

 

 

あなたの持つべき“志”があります!

 

 クリスチャンになると、誰もが目が輝き、毎日の生活がイキイキとしたものとなってきます。それは、自分という存在が、神様に愛されており、選ばれ、特別な意味を持つ存在である、とわかるからです。同時に、生活にメリハリが生まれ、人生を感謝して生きることができるようになります。それは、私たちの人生が、成り行き任せの行き当たりばったりのものではなく、価値ある目標や志があることに気付くからです。

 

 あなたの夢、目標、そして志は、どういうものですか?ぜひ、祈りの中で、神様に問いかけてみてください。主キリストと出会い、救われ、守られていることを感謝しながら、神様がなぜあなたを選んでくださったかを、考えてみてください。個人的な必要や人間的な事情からの夢や目標のレベルではなく、神様から与えられるビジョン、志というものを必ずいただくことができます。神様はご自身の御心から、あなたのために最善、最上、最高のものをくださろうとしていますよ。

 

 

 

さあ、ご一緒に祈りましょう!

 

 さあ、以下の祈りを、あなたの声に出して、心を込めて祈ってみてください。あなたの心が、神様からの夢や目標、志やビジョンに対して、開かれるようになります。

 

天の神様。どうか私の意固地で頑なな心を柔軟にさせてください。

 

自分の理屈や好み、感情のことしか考えられない偏狭なものでなく、あなたの御心を受け止めることができますように。

 

どうか、あなたの深い愛と力で、私の心に語りかけてください。

 

主イエス様。あなたが私を選び、愛し、ご自分のいのちまで捨てて、救ってくださった事実には、深いご計画があることを私に教えてください。

 

どうか、私があなたの弟子、しもべとして、あなたの御心を実現し、人々に恵みを伝えていくことができるようにしてください。

 

聖霊なる神様。今、私に働きかけ、喜びと力を満たしてください。

 

私個人の力には限界がありますが、満ち溢れる聖霊の働きの中で、価値あることを実現させてください。

 

私がいつも喜び、祈り、感謝しつつ、信仰による事柄を推し進めていくことができますように。

 

主キリストの御名前により、祝福を信じてお祈りいたします。アーメン。

 

 自分一人で、モヤモヤと悩んでいないことです。あなたの歩みが、自分の悩みや心配事の中に閉じこもるもので終わらず、神様のために生きるものとなりますように。

 さあ、主キリストを信じ、いつも祝福をいただいて、力強く前進しましょう。“Brush Up!”を合言葉に、それぞれに信仰を働かせて、大いに祝福されてまいりましょう。

 あなたの上に、主キリストの圧倒的な祝福をお祈りいたします。

 

 

悪魔の策略に振り回されない!

  • 2018.02.02 Friday
  • 02:13

JUGEMテーマ:人生論

2018/2/1付 万代栄嗣牧師「ぐっどにゅーす」」より

 

  • まもなく平昌(ピョンチャン)での冬季オリンピックが開幕となります。しかし、直前になって、主催国の韓国と北朝鮮との関係が微妙で、純粋なスポーツの祭典が、やたら政治色の漂うものとなってきました。そもそもは、北朝鮮による核弾道ミサイルの強引な開発で軍事衝突の緊張感が高まっていた状況で、国内外の平昌オリンピックへの不人気を挽回しようと、韓国の文在寅(ムン·ジェイン)大統領が北朝鮮にすり寄ったのが始まり。“平和”の祭典にふさわしく、北朝鮮のオリンピックへの参加と南北統一チームの編成の可能性を掲げたのでした。

 

  • 北朝鮮を経済制裁などで圧力をかけ続けたい日米の思惑とは異なる、この韓国の行動に、北朝鮮はすぐに飛び付いた訳です。その後の展開は、ご存じの通り。女子ホッケーなどの合同チームの話題や、北朝鮮の芸術団の公演開催の話題など、いきなり融和ムードのニュースが流れたかと思うと、一方では、オリンピック開会前日には壮大な軍事パレードの計画…と北朝鮮はやりたい放題。さらに、韓国メディアの報道内容が不満だと、今度は開催予定の文化交流を一方的に廃止する、と通告したりで、この記事を書きながらも、毎日何が起こるのか、予想のつかぬ展開です。平昌オリンピックに何とか“大成功”のイメージを作り出したかった韓国政府の思惑とは裏腹に、北朝鮮の強引な手法に振り回される連日の動きとなっています。やはり、北朝鮮の独裁者に対しては、韓国のインテリのリベラルでは、格が違って相手にならず、手玉に取られているようです。

 

  • 合意事項は一方的に破棄し、自国のわがままをごり押しし、一触即発の危険なところまで事態を追い込み、相手に譲歩を迫る、という“崖っぷち”外交の権化相手には、わかったような曖昧で優柔不断な方法では対抗できません。やはり、断固とした態度が必要となるのです。これは、何も外交に限ったことではなく、私たち個々人の生活においても言えることです。悪いものに対して、むやみに理由付けをし、妥協点を見い出そうとすると、結局、我が方の善意や親切までもが仇となって、事態の全体が悪に汚染され、本来の清さや輝きを失ってしまうことになるのです。

 

  • 自分の手腕を過信し、物事を必要以上に複雑に捕らえ、小手先でうまくやり過ごそうとすると、かえって失敗するのです。時には、事態を思いっきりシンプルに捕らえて、善なのか悪なのか、白黒をはっきりさせる勢いで、明快な答えを導き出した方が本当の幸せに近づくことができます。自分は頭が良いから、と中途半端に悪と妥協したり、罪に関わる方法を取り込んだりしていると、肝心な足元をすくわれることになりかねません。善は善、悪は悪…と、神様からの視点を心に思い起こし、私たちは神様に喜ばれる生き方をしっかりと選び取ることです。

 

  • さあ、2018年の日々が動いています。寒さの厳しかった今年の冬の日々から、自然界にいのちの芽生える春の日々が確実に近づいてきます。あなたの歩みにも、世の中の悪に染まったシミが広がるのではなく、神様からの恵みがどんどん増え広がりますように。あなたの幸せは、決して悪や罪の力の側にではなく、神様によるいのちと喜びの側にあることを忘れないでください。悪の力や策略に振り回されず、堂々と神様のみこころの側に立ちましょう。あなたの大成功は、必ず神様の恵みと導きの中に備えられています。

 

“幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、
あざける者の座に着かなかった、その人。”

( 詩編 1:1 )

Brush Up!与えられた信仰を整え直し、働かせよう!

  • 2018.01.26 Friday
  • 11:47

JUGEMテーマ:人生論

2018/1/20付 万代栄嗣牧師「福音通信」より

 

 主キリストの聖名を讃美いたします。

 2018年が動き始め、1月も早、後半です。カレンダーの日数が進むだけでなく、あなたの2018年は、ちゃんと動き出しているのでしょうか?

 さあ、信仰による心構えを整え、シャキッと背筋を伸ばして、新たな一年の日々を充実したものとしてまいりましょう。

 今日からあなたの毎日に、主キリストからの豊かな祝福を、とお祈りいたします。

 

 

 

今年のテーマは“Brush Up!”!

 

 昨年末、2018年に向けて色々と考えつつ、神様に祈っている時に、本当に瞬間的に、すっ!と心に与えられたテーマです。“Brush Up!(ブラッシュ・アップ)…与えられた信仰を整え直し、働かせよう!”。Brushは、そのままブラシのこと。ブラシをかける、どいう動詞としても使われます。これが、Brush Upと熟語になると、磨きをかける、身なりを整える、勉強をやり直す…というような意味になり、今すでにあるものを手入れして、きちんと働かせよう、用いてみようという意味になります。

 

 もっと成長しよう、幸せや充実な生活のために何か工夫をしよう…と考えると、つい何か目新しいものを買おうとしたり、新たな研修が必要か、新たな資格や免許がいるのか…とキョロキョロしてしまうものです。クリスチャンである私たちも例に漏れず、今の自分では不十分であると思い込み、何か別のものを手にしないと先に進めないような気持ちになることがあります。しかし、それは時に錯覚であり、誤解でもあるのです。むしろ、すでに神様が与えてくださり、備えてくださったものをしっかりと用いてみることが大切なのです。

 

 

 

救いに必要十分な主キリストの福音!

 

 使徒パウロは、コリントにある教会の信徒たちへの最初の手紙を締めくくるに当たって、どうしても確認の必要なテーマに言及しました。すなわち、パウロ自身を含め、使徒たちが宣べ伝えたメッセージは、大きな何かの一部分や次のステップが必要とされるものではなく、それ自体で十二分に完結しているのだ、ということです。

 

 彼は、以下のように宣言しています。

この福音のことばをしっかりと保っていれば、

この福音によって救われるのです。

(コリント人への手紙 第一 15章2節後半)

 

 神の御子イエス・キリストがこの世に来られ、私たちの罪をあがなうために十字架にかかり身代わりの死を遂げられ、死の力を打ち破って甦り、天に昇られ聖霊を私たちに注がれたことにより、私たちは確実に救われる、神の子とせられ、与えられた人生をしっかりと生き抜くことができ、永遠のいのちの希望にまで間違いなく導かれる…というのです。

 

 コリントの人々の信仰生活に即して、いくらでもこの後もアドバイスをし、キリストの教えを深く取り次ぎ、いくらでも指導すべき余地はあったはずですが、人々を心身ともに救い、本物の幸せを与える術としては、主キリストの救いが唯一であり、その良き知らせはすべて余すところなく、出し惜しみすることなく、自分はすべて伝えてある、というのです。だから、もはやキョロキョロと別のものを求める必要はないのだ、と。

 

 

 

あなたの信仰は機能していますか?

 

 どうも幸せの実感がない、一生懸命に頑張っているはずなのに、なぜか心はモヤモヤしている、いつも喜び、感謝していたいのに、実は疲れていて、息切れ気味だ…というあなたの姿があるかもしれません。そういう時に、だから私はダメだ、足りないものがたくさんある、経験もお金もない、実力もない、人々の支持もない…と自分には幸福や勝利の時はまだまだ来ない、私の信仰など役に立たない、と考えてはなりません。

 

 足りない何かがあると理由付けして、恵まれないあなたをさらに、先延ばししてはなりません。むしろ、今のあなたに与えられている信仰をしっかりと機能させてください。あれ?私は、十分に信じているはずなのに?と感じる方もおられるでしょう。しかし、あなたの信仰は、いつの間にか曇っていたり、錆び付いていたり、動きが止まっていたりして、緩みや誤差、機能不全が起こっている可能性があるからです。私の信仰は働いているはずだ、と適当に思い込まないで、この辺りで一度、定期点検のようなものをして欲しいと思います。錆を落とし、油を差し、あるべき姿で機能するように整えてください。

 

 

 

自分の信仰を整え直そう!

 

1.神様の約束は変わっていません!(創世記 17:1〜8)

人の約束はあてになりません。しかし、神の約束は変わりません。弱さを持ったアブラハムに、神様は何度も同じ約束を告げ、神の選び、導きが不変であることを確認されました。

 

2.あなたの持つものが用いられる!(出エジプト記 4:2)

すでに80歳。どもりで世捨て人同然のモーセを神様は用いてくださいました。それも、その時、彼の手にあるもの、彼のそのままの姿、能力を恐れずに用いよと励まされました。

 

3.他の誰かではなく、素直な心でやり直しを!(詩編 51:10〜11)

罪を犯したダビデを退け、別の誰かに挿げ替えるのではなく、彼自身が悔い改めて、やり直すことを神様は求められました。やれば済むという安易なものではないからです。

 

4.自分の信仰の姿勢を整え直すこと!(列王記第二 18:30)

偶像礼拝に堕ちた民に、日和見的な態度ではなく、信仰の決断をエリヤは求め、祈りの祭壇を築き直しました。すでに知っているはずの信仰の土台にこそ、祝福の鍵があります。

 

5.問題は神様なのではなく、私たちです!(イザヤ書 59:1〜2)

神様が祈りに聞いてくださらないのではなく、休んでいるのでもありません。通用している、大丈夫だと思っているあなたの信仰が機能不全に陥っているのです。

 

 

 

自分磨きでなく、自分の信仰磨きです!

 

 モノづくりに関して世界的な評価を獲得していた日本の名だたる企業、鉄鋼各社や自動車会社などに検査や製品表示の偽装が発覚しています。開業以来50年を経ても死亡事故が一度もなかった新幹線にも、あわや!という整備不良が見つかりました。大丈夫なはずなのですが、油断は禁物。慢心こそ大敵です。信仰の世界も同様です。私たちは、他人の不備を指摘するよりも、自ら、信仰の点検をしたいと思います。

 

 世の中での“自分磨き”は、大流行りです。エステにダイエット、英会話に料理教室…しかし、自分の外見や見栄ばかりに気を遣うのではなく、霊的な内面にも目を向けたいと思います。この変化の激しい時代に、本当の平安や喜び、幸せや充実の日々を実現するために必要なのは、あなたの信仰をしっかりと磨き上げ、油を差すことなのです。あなたの礼拝、聖書、祈り、献金、奉仕、伝道、交わりといった信仰の7原則にも十分に留意して、あなたらしい信仰の姿勢が機能しているかを確認してくdさあい。

 

 あなたの2018年を、真に豊かな恵みに溢れたものにする鍵は、あなたの信仰にあります。遠くにあるのではなく、あなたのごく身近なところにあるのです。さあ、もう一度、信仰生活の原点に立ち返って、本来の輝き、躍動感を取り戻しましょう。

 

 

 

さあ、ご一緒に祈りましょう!

 

あなたの2018年の日々が、確実に恵まれたもの、幸せな時となりますよう、ご一緒に祈りましょう。

以下の祈りを、あなたの声に出して、心を込めて祈ってみてください。

 

天の神様。どうか私の2018年の日々を祝福してください。

 

私の信仰が、いつの間にか見掛け倒しで、機能不全に陥っていないかを私に教え、やり直させてください。シンプルに、あなたをあがめ、礼拝する毎日、聖書の御言葉や祈りのある日々を取り戻させてください。

 

主イエス様。あなたが私を選び、愛し、ご自分のいのちまで捨てて、救ってくださったという救いの原点に立ち返らせてください。

 

あなたを愛し、感謝し、御心に従うことを喜びとする本来の私に戻らせてください。

 

あなたが、どんな時も私の一番、救いの主です。

 

聖霊なる神様。今、私を包み込み、私の内に満ち、力と喜びを満たし、導いてください。

 

自分の理屈や力が人生の主導権を取ってしまうことがありませんように。常に、御霊による知恵、導き、力を受け止め、日々を歩み、常に成長する私とさせてください。

 

主キリストの御名前により、この一年の祝福を信じてお祈りいたします。アーメン。

 

  あなたの2018年の日々が、ちゃんと信仰を働かせたものとなりますように。一人の信仰者として、素直に主キリストを信じて、自分の信仰を働かせて歩んでまいりましょう。

 さあ、“Brush Up!”を合言葉に、それぞれに信仰を働かせて、大いに祝福されてまいりましょう。

 あなたの上に、主キリストの圧倒的な祝福をお祈りいたします。

 

 

人生の区切り目、節目!

  • 2017.12.29 Friday
  • 13:59

JUGEMテーマ:人生論

 

2018/1/1付 万代栄嗣牧師「ぐっどにゅーす」より

 

  • 世界有数の航空会社には、81歳の名物客室乗務員がおられるそうです。ベティ・ナッシュさんという女性ですが、60年前から世界の空を飛び、今だ非の打ち所の無いスタイル、途方もないエネルギー、そして明るい笑顔は常に機内でピカ一、というお方のようです。もちろん、60年間の勤務が順風満帆だった訳ではなく、むしろ“乱気流”の連続だったとか。私の生まれる前から飛行機に乗っているというのですから、それはそうでしょう。「90歳まで働くことはないでしょう」とはご本人の弁。しかし、引退に関しては「考えたくない!」ということで、まだまだ元気に頑張って欲しいものです。
     

 

  • 一方で、天皇陛下が平成31(2019)年4月末で退位されることとなりました。その時には、85歳になっておられることになります。天皇皇后両陛下がお揃いで人々に会われる際の、温かな雰囲気を尊敬している国民も多数いるはずですので、少々残念な感じもします。私の個人的な意見では、退位ではなく、やはり終身で、最後まで在位された方が良いのでは?と考えていたのですが、ご自身の体調や責任の果たし方をお考えになってのご本人たってのご要望からの今回の退位となりそうです。
     

 

  • 日本人である私たちは、物事のけじめ、区切り目を大切にしてきました。年が改まる時もそうですし、一つの時代や人生の区切り目にも、何らかの意味を見い出し、意義を感じようとするのです。お正月が来るのは、カレンダー通りのことなのですが、あなたの人生の中でのいろいろなステージは、どのように始められ、締めくくりの時を持たれるでしょうか? 単に世の中の習慣で、とか、定年で、とか、みんなの意見に押されて…というのではなく、私たちには信仰者としての決断の仕方があることをぜひ思い出してください。
     

 

  • 聖書の物語の中では、出エジプトの指導者モーセは、まだまだ気力に満ち、120歳にして目もかすんでいなかったのですが“あなたはそこへ渡って行くことはできない(申命記34:4)”と使命の終結を神様から告げられています。彼の後継者ヨシュアは、と言えば、彼が年を重ね老人になった時に、主は“まだ占領すべき地がたくさん残っている(ヨシュア記13:1)”と、彼に引退を許さず、使命の続行を命じています。ということは、すなわち、私たち人間の考えの良し悪しの範囲で、どれほど合理的な説明ができるものと思われても、神様にはそれを超える御心の内でのご計画があることを知らねばならないのです。私たちの思いや願い、感情や人々の期待や気持ちだけでなく、常に、共におられる神様の御心を意識して、人生の歩みを重ねていく者でありたいと思います。
     

 

  • さあ、新たな一年、2018年の始まりです。あなたの個人的な事情や願いだけの歩みではなく、神様があなたのために持っておられるご計画の中を歩む者となってください。世の終わりまで、あなたと共にいてくださるという主キリストの約束は今も生きていますから、主の導きを信じて歩んでまいりましょう。この一年が、カレンダー以上の価値や恵みをもたらすものとなることを信じましょう。あなたのこの一年に、神様は大きな意味を与えてくださり、喜びと笑顔、大勝利を必ず与えてくださいます。主キリストにより、祝福の溢れる一年を歩みましょう。
     

 

“人は心に自分の道を思い巡らす。
しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。”

(箴言 16:9)

クリスマスの奇跡をあなたに!

  • 2017.12.26 Tuesday
  • 15:11

JUGEMテーマ:人生論

2017/12/15付 万代栄嗣牧師「福音通信」より

 

 主キリストの聖名を讃美いたします。

 クリスマス、おめでとうございます。あなたの2017年クリスマスの日々に、主キリストからの恵み、平安、喜びが豊かに与えられますように。“師走”の12月。牧“師”の私も走り回っていますが、あなたの毎日にも慌ただしさが増しているはずです。あなたの心に平安があり、神様からの喜びと感謝がいつも溢れていますように、とお祈りします。

 

 

●Christmas Miracles ! をあなたに!

 全国の皆様とお会いする、恒例のメリエスト・クリスマス。今年のテーマは、Christmas Miracles !(クリスマスの奇跡)です。無味乾燥な味気ない毎日ではなく、喜びがあり、笑顔が溢れ、神様からの奇跡までもが起こる、そんな毎日があなたにも与えられますように。

 既に12月2日(土)の東大阪や、3日(日)の福岡でのキャンドル・サービスに始まり、9日(土)の広島、10日(日)の高松での“メリエスト・クリスマス(Merriest Christmas)”を開催させていただきました。これから、16日(土)は松山で、18日(月)は山口、19日(火)は鹿児島、21日(木)は東京・銀座で、23日(土・祝)は福岡と続きます。24日(日)は松山での洗礼式とクリスマス礼拝、午後は大洲、締めくくりの25日(月)は神戸での集まりとなります。

 こうやって全国を走り回っているのも、各地の皆様とクリスマスにぜひお会いしたいから。皆様もそれぞれにお忙しい毎日だと思いますが、ぜひどちらかの集会に、お出かけください。そして、会場ではご遠慮なさらずに必ずお声掛けください。たとえ一言、一瞬であっても、ご一緒にお祈りさせていただきたいと思っています。

 

 

●あなたの一年を表す漢字一文字は?

 例年、年末になると発表される“今年の漢字”。今回、みんなのアンケートにより選出されたのは“北”の一文字。7月の九州“北”部豪雨などの被害があり…と選ばれたきっかけの出来事が列挙されていましたが、何と言ってもインパクトの強かったのは“北”挑戦の核弾道ミサイルの話題。どんどん威力を増しつつ、日本上空を飛び越し、いつアメリカとの戦争状態になってもおかしくないのでは?と思わされる事態に陥りました。

 “北”朝鮮と言えば、横田めぐみさんが拉致されて40年と言う、拉致被害の問題も未解決のままですし、この“北”という一文字の選出には、あまり良いイメージが込められてはいません。つまり、不安や心配、危険をどことなく感じ続けていた一年、ということで2017年全体のイメージも暗いものになってしまいます。

 あなたの、この一年は、どのような日々だったでしょうか?確かに、苦しい事柄やしんどさを覚えた日々もあったでしょうが、同時に忘れてはならないのは、あなたの歩みを支え、導いてくださった神様がおられた事実と、与えられた恵みの数々のこと。暗く、悪いイメージのことばかりを選び出して覚えるのではなく、一つ一つの恵みを感謝し、いつも喜ぶ者でありたいと思います。

 

 

●クリスマスに備えられた奇跡!

 あなたのクリスマスが、ただ家族のためのプレゼントを買うだけで終わりませんように。食事会や綺麗なイルミネーションを見物するだけがクリスマスではなく、ましてや、慌ただしい12月の生活の中で、あなたのイライラさせるだけのもので終わってほしくありません。なぜなら、クリスマスの物語には、あなたの人生を変え、時には奇跡さえ与える神様からの恵みが働いているからです。

 主イエス・キリストの誕生を預言した聖書の言葉には、こう記されています。

「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。」

(イザヤ9:2)

 主キリストの誕生は、単なる神話でなく、また教祖の生涯の逸話で片付けられるものでもありません。神の御子である主キリストが、この世に人として下って来てくださったことにより、闇が光に、悲しみが喜びに、絶望が希望に、不可能が可能に…と、悪や罪の力から、救いと恵みの実現へと、すべての人の人生に祝福や奇跡が起こるようになったのです。

 

 

●備えられている恵みや奇跡!

 聖書の語る主イエス・キリストの誕生の物語には、関わったすべての人々に大きな恵みが注がれたことが記されています。実は、その一つ一つの恵みが、現代の私たちにも、主キリストと向き合う時に与えられ得る祝福なのです。

1.名もなき者が用いられること!……ルカ 1:38

無名の乙女であったマリヤが、神に選ばれ、イエスの母となるようにされました。私なんか…と思う弱い私たちでさえ、神様は大きな恵みのご計画のために用いてくださるのです。

 

2.人の小さな常識を超える祝福を体験すること!……マタイ 1:20〜21

マリヤの解任により大きな悩みを抱え込んだヨセフに、人の知恵を超える大きな使命を神様は与えられました。私たちの細かな事情や常識の枠を超えて、神様は働かれます。

 

3.低く貧しい者への祝福が備えられていること!……ルカ 2:11〜12

社会の最下層に位置した羊飼いたちでしたが、彼らにも神の恵みは届けられました。人の評価や世の中の地位とは関係なく、神様の恵みはどのような状況にいようと与えられます。

 

4.人の常識を超える知識や真理をいただくこと!……マタイ 2:11

東方の博士たちは、多大な労力を費やし、主イエスを探して旅を続けました。当時の知恵者たちが探し求めた真理や神への知識が、主によって、私たちにも与えられるのです。

 

 

●さあ、2017年のクリスマスを祝おう!

 私たちは、何かトラブルに巻き込まれると、すぐに落ち込み、人生を悲観してしまうものです。しかし、主キリストと共にありさえすれば、私たちはもはや無名の価値のない存在ではありません。神様により選ばれた者であり、私たちの人生には明確な意味が備えられています。どんな複雑な状況が周囲にあろうとも、もっと大きく喜びのある人生の道筋が備えられているのです。

 社会の中での評価や地位の枠を超えて、豊かな祝福に触れ、可能性の扉は開かれますし、世の中の理屈を超える、神様からの心理や知恵が与えられて、深いご計画を味わいつつ、人生の歩みを進めて行くことができるのです。たとえ、闇や困難、病気や経済の必要があったとしても、それら一切の壁や限界を、主キリストは打ち破ってくださいます。不可能の壁が、この救い主により打ち砕かれ、新たな道が開かれるのです。

 主キリストは、今も働いて下さいます。だからこそ、私たちはクリスマスを自分のこととして喜び、心から祝うことができるのです。あなたを取り巻く闇の力は砕かれ、恵みの世界が到来します。恵みや奇跡までもが、あなたの人生に届けられるのです。

 

 

さあ、ご一緒に祈りましょう!

 あなたのクリスマスの日々が祝福されるため、今、共に祈りましょう。次の祈りをあなたも言葉に出して実際に祈ってみてください。

神様。私に本当のクリスマスの喜びを教えてください。

ただ騒いで浮かれるだけの表面的なものでなく、本当に主イエス・キリストが共におられる、本物のクリスマスを体験させてください。

あなたが備えられた救いの計画と選びの恵みをちゃんと受け止めます。

主イエス様。あなたが、私の救い主としてこの世に来てくださり、救いの道を開いてくださったことを感謝します。

あなたの十字架で私の罪は赦され、清められ、あなたの復活のいのちで、私は神の子とされ、永遠のいのちを与えられました。

あなたは私の救い主です。

聖霊なる神様。どうか今、私の心がいつも主キリストの愛といのちに満たされるようにしてください。

喜びと感謝に溢れ、平安と導きをいただき、力と可能性に満ちて、あなたを証しできますように。

私は、救い主キリストの証し人として、主をほめたたえます。

主キリストの御名前により、祝福を信じてお祈りいたします。アーメン。

 

 クリスマスから年末年始の忙しさの中で、あなたの心が平安と感謝を失うことがありませんように。今、直面する問題、不安、生活や仕事の必要のために、ご一緒に祈りましょう。何事もまず一言、神様に祈ることです。神様はあなたの祈りを聞き、必ず働き、助けてくださいます。共に祈ることで、神様からの恵みを実体験しましょう。

 さあ、クリスマス、そして年末年始へ向かう日々を、信仰を持って歩んでまいりましょう。神様はあなたの祈りに答え、あなたを大いに恵んでくださいます。

 あなたの上に、主キリストの圧倒的な祝福をお祈りいたします。